- 自分の人生を「全部親のせい」にするのも、「親のせいを一切認めない」のも、どちらも極端でメンタルを壊しやすいです。
- 「ヤな奴=親のせい、本人は悪くない」と決めつけると、加害行動の責任がぼやけて、自分を守れなくなります。
- 事実ベースでは、「親の影響は大きい+本人にも責任がある+社会的要因もある」と立体的に見る方が、予後が良いとされています。
目次
はじめに
「自分の不幸を親のせいにすると予後が悪いけど、ヤな奴を見たら親のせいにしてあげよう」というインフルエンサーの主張は、心理学や臨床の知見に照らすとかなり危うい考え方を含んでいます。極端な自己責任論や、「親さえ悪者にしておけば丸く収まる」という発想は、当人のメンタルだけでなく、周りの人の安全や回復も妨げてしまいかねません。ここでは、事実ベースで「どこがどうズレているのか」を、反論として5つに整理していきます。
反論5選
① 「ヤな奴=親のせい」だけにすると、危険から身を守れなくなる!
一番ヤバいのはここです。
「たぶん親のせいだろう、コイツは悪くない」と決めてしまうと、
- ・パワハラ上司を「かわいそうな人」と見て、逃げるのを遅らせる
- ・モラハラ彼氏を「育ちが悪かっただけ」と思って、我慢し続ける
- ・明らかな暴力や搾取すら、「親のせい」で片付けてしまう
こうなると「相手を理解する」のではなく「相手の責任を薄める」だけになってしまいます。
実際のカウンセリングやDV支援の現場では、「あの人にも事情があるから…」と加害者をかばい続けた結果、被害が長期化するケースが山ほど報告されています。
もちろん、「あの人にも背景があったのかも」と想像すること自体は悪くありません。
ですが同時に、「だからといって、あなたを傷つけていい理由にはならない」と線を引くことが、予後の良さにつながるとされています。
他人のクズ行動を全部「親のせい」にしてしまうと、線引きや逃げる判断が鈍る=処世術というより自滅術になりかねない、というのが1つ目の反論です。
② 親の影響は「めちゃくちゃ大きい」が、「それだけ」でもないという事実
発達心理学や精神医学の研究では、親から受ける影響は確かに大きいとされています。
たとえば、
- ・幼少期の虐待やネグレクトが、その後のうつ病・不安障害・依存症リスクを高める
- ・一貫性のある養育や、安心できる愛着関係が、自己肯定感や対人スキルに影響する
などは、多くの研究で繰り返し示されています。
一方で、同じ親のもとで育った兄弟でも性格や生き方がかなり違うように、生まれつきの気質や学校・友人関係、社会環境など、複数の要因が絡み合って「今の自分」ができていることもまた事実です。
つまり、事実ベースで言えば、
- 「全部親のせい」も間違い
- 「親のせいなんて一切考えるな」も間違い
なのです。
インフルエンサーさんの主張は、こうした複雑さを「親のせいにするな」VS「他人の嫌な行動は親のせいにしろ」という二択にしてしまっている点で、かなり乱暴と言わざるを得ません。
③ 「自分のことは親のせいにするな」は、虐待サバイバーにとって有害になりうる
元の発言で「予後が悪い」とされているのは、「自分の人生に『これも親のせいだ』をやること」でした。
たしかに、
- ・何をしてもうまくいかない → ぜんぶ親のせいだ
- ・努力する前から「ムリ。親ガチャ外れたし」で終わらせる
といった思考は、行動を止めてしまうので、予後が良いとは言えません。
これは妥当な指摘です。
ただし、虐待や重いネグレクト、支配的な養育を受けた人に「親のせいにするな」とだけ言うのは、完全に逆効果になることもあります。
多くの当事者は、
- ・「自分が悪いから殴られたんだ」
- ・「自分が子どもらしくなかったから愛されなかったんだ」
と過剰な自己責任を背負っているケースが非常に多いです。
こうした人にとっては、むしろ
「それは親側の責任だった」「あなたが悪いわけではなかった」
と事実を整理し直すことが、立ち直りの第一歩になることも珍しくありません。
つまり「親のせいにするな」を一律に当てはめると、すでに自分を責めすぎている人の回復を妨げてしまう危険が高いのです。
予後を良くしたいなら、「どんな人にでも同じアドバイス」ではなく、その人の背景を見て言葉を選ぶ必要があります。
④ 「全部親のせい」にするのも、「全部本人のせい」にするのも同じレベルの極端思考
認知行動療法では、メンタルをこじらせる思考パターンとして「白黒思考」がよく挙げられます。
- ・100点じゃなきゃ意味がない
- ・味方か敵かの二択でしか人を見られない
- ・全部親のせいor親は一切関係ない、のどちらか
といった発想は、一瞬スッキリしても、長期的には自分の首を絞めます。
今回の主張は、
- ・自分に対しては「親のせいにするのはNG」
- ・他人に対しては「親のせいにするのが正解」
という別バージョンの白黒思考になっているとも言えます。
ですが現実は、
- ・親の影響もある
- ・本人の選択の積み重ねもある
- ・時代背景や社会構造の影響もある
というグレーゾーンだらけです。
メンタル的な予後が良い人ほど、
「親の影響もあったよね」「でも今どうするかは自分が決められる部分もある」
と、責任を「適度に」分けて考えています。
「全部親のせいにするな!」と声高に言う人ほど、実は同じくらい極端な思考にハマっている可能性が高い、というのが4つ目の反論です。
⑤ いちばん予後がいいのは「親の責任も認めた上で、今できる選択に集中する」スタイル
最後に、「じゃあどう考えたらいいの?」という話です。
実務や支援の現場で予後が良いとされるスタイルは、ざっくり言うと次のようなものです。
- ① 過去について:親や環境の影響を、事実としてきちんと認める 「自分がダメだから虐待された」ではなく、「親の側に問題があった」と整理することが、自己否定をほどく助けになります。
- ② 現在と未来について:今の自分が選べる範囲に意識を向ける 「親のせいでスタート地点は不利だったかもしれない。でも『どこで暮らすか』『誰と付き合うか』は、少しずつでも自分で選んでいける」と考える方が、行動につながりやすいです。
- ③ 他人について:背景は想像しつつ、線引きと距離はきちんと取る 「この人も育ちが大変だったのかも。でも、私を傷つけていい理由にはならない。必要なら距離を取ろう」と、共感と境界線をセットで持つことです。
インフルエンサーさんのように、
「親のせいにするか・しないか」を一発逆転のライフハックっぽく語るとバズりやすい一方で、現実の人生はそこまで単純ではありません。
親の責任も、自分の選択も、他人の背景も、それぞれ分けて考えられる人の方が、長期的にはずっと予後がいい──というのが、事実ベースから見た結論です。
質疑応答コーナー
セイジ
「じゃあ結局、親のせいにするのって、どこまでOKなんすか??」
プロ先生
「『事実として親の責任がある部分』まで認めるのはOK、それを理由に『今の全部の行動まで免罪する』のはNG、と考えるとバランスがいいですね。たとえば虐待や放置があったなら、『それは親の責任だった』と整理するのはむしろ必要です。そのうえで、『だから自分は一生不幸で当然だ』と未来まで決めつけてしまうと、予後が悪くなります。」
セイジ
「ヤな奴を見たときに『親のせいかもな~』って思って怒りを減らすのは、やってもいいテクっすよね??」
プロ先生
「それ自体はアリです。ただし『だからこの人は悪くないし、何しても許される』まで行くとアウトですね。怒りを少しゆるめるために背景を想像するのは、ストレス対処として役立つこともあります。でも同時に、『この人の行動は危険だから、距離を置こう』『職場なら人事に相談しよう』など、自分を守るための判断は冷静に残す必要があります。」
セイジ
「逆に、自分の親が普通にいい人で、別に育ちで苦労してないのに、なんか全部親のせいにしたくなる時もあるんすけど…それってどうしたらいいんすか??」
プロ先生
「その場合は、本当に親への不満なのか、それとも『うまくいかない自分の責任を取りたくない気持ち』なのかを丁寧に見分けてみるといいですね。もし後者が大きいなら、『親のせい』とラベルを貼る前に、具体的に何がうまくいっていないのか、どんな小さな一歩なら自分で変えられそうかを紙に書き出してみてください。」
まとめ
- 親の影響は「大きいけど全部ではない」、それを丸ごと否定しても、丸投げしても予後は悪くなります。
- 他人のヤバい行動を「親のせいだから仕方ない」と見てしまうと、加害の責任がぼやけて、自分を守れなくなります。
- いちばん現実的でメンタルに優しいのは、「親の責任も認めつつ、今の自分が選べることに集中する」グレーなスタイルです。





























