米英が反対しなければ、竹島は韓国領になっていた!? その理由は?

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日本が主権を回復するきっかけとなったサンフランシスコ平和条約なんですけど、イギリスが日本のことを何度も助けてくれていたそうです!韓国を戦勝国として参加させるのに反対しただけでなく、アメリカと一緒に竹島を韓国領だと認めないことを決めてくれました。大事な歴史だと思うので、取り上げてみました!

あわや朝鮮領…「竹島=日本」は英国のおかげ? 平和条約に秘話
6/18(火) 20:00配信 産経新聞

 韓国が不法占拠を続ける島根県・竹島。戦後、日本の領域を決定したサンフランシスコ平和条約の草案作成をめぐり、竹島を日本領とする上で英国が重要な役割を果たしたことは、あまり知られていない。英国内に残る当時の資料を島根県竹島問題研究会の藤井賢二委員が調査・分析し、その経緯を論文にまとめて発表した。藤井氏は「英国には『東西冷戦』が念頭にあった。帰属のあいまいな島嶼(とうしょ)は紛争の要因となり、それが社会主義陣営に利益をもたらすとの懸念を抱いていた」と説明する。

■初めから「竹島=日本領」ではなかった

 1952年に発効したサンフランシスコ平和条約に「日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州(さいしゅう)島、巨文(きょぶん)島及び欝陵(うつりょう)島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」という条文がある。これによって、日本が朝鮮を放棄するに当たり、朝鮮に付随する島は済州島、巨文島、鬱陵島の3島と明確に規定された。竹島は、放棄する島に含まれなかったのだ。

 「ただ、条約の草案作成段階から『竹島=日本領』と明確にされていたわけではなかった」

 英国国立公文書館が所蔵する日本の被占領期(1945~52年)に作成された資料を調査・分析し、「対日講和条約と竹島」と題する論文を「島嶼研究ジャーナル」8巻2号(島嶼資料センター刊)に発表した藤井氏が言う。藤井氏は同条約の成立過程に着目し、条約の英国草案や米英間協議の議事録などを精査した。

(中略)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190618-00000503-san-kr

竹島についてはアメリカのおかげ?

産経新聞が歴史の授業の題材を提供してくれるとはね。これは戦後史を考えるうえでも非常に重要な記事だ。

少し前の記事なんですけど、取り上げないと逃してしまいそうなので、ここで取り上げます!

李承晩ラインの制定というのはサンフランシスコ平和条約を受けた強硬措置だというのは意外と知られていないよね。日本が国際社会に復帰することに対する抗議活動という見方も可能になる。

時系列を整理しないと、理解するのが難しいですからね・・・。

サンフランシスコ条約の署名は1951年9月8日、李承晩ラインの制定が1952年1月18日だ。条約の効力が1952年4月28日から発生するので、それを前にした決死の行動だったという見方が妥当だと思われる。

サンフランシスコ条約も、日本の思い通りにならなかった可能性があるんですよね?そんな時に、イギリスが助けてくれたというのが今回の記事だと思います!

実は竹島については米国の方が助けてくれてるんだ。ネット百科事典を読めば分かるが、当時のシーボルト駐日政治顧問が竹島は米国の気象観測所やレーダー基地を置くのに最適な場所だとして米国政府に再考を促すように進言したそうだ。産経の記事にはそのことは書かれていない。

■島名の列挙避けた米国草案

 一方、米国側は、英国より前の47年3月から草案を作成。当初は日本領として残す島名を列挙する形を取り、竹島は朝鮮領として放棄することとしていた。だが、49年11月の草案について米国政府から意見を求められたシーボルド駐日政治顧問代理が、再考を勧告。これを受け、同年12月の草案では、竹島を日本領として存続させることにした。

 その後、50年4月に就任したダレス米国務長官顧問の主導で、米国草案は日本領として残す島名の列挙などがなくなり、簡潔な表現となっていった。また、日本の朝鮮放棄を決めた条文でも朝鮮に付属する島名が消えた。

 「ただし、草案から竹島の名前が消えたとはいえ、米国の『竹島は日本が保持する』との考えに変わりはなかった」と藤井氏。50年10月に米国政府が豪州政府の質問に答えた書簡で、そのことが明らかにされていた。

 51年4月25日から5月4日まで、対日講和条約に関する米英間の協議がワシントンで行われた。

えっ?じゃあ、アメリカは安全保障に役立つからという意味で、竹島を日本領にするように仕向けたってことですか?

そういう解釈ができる。日本側の歴史認識はそこまで重要視されていなかったわけ。日本が正当な主張をしているかどうかではなく、戦勝国にとってどちらに帰属させるのがふさわしかったかという観点で竹島問題は考えないといけないんだよ。

イギリスは、むしろ領土問題は中立的にしようという立場なんですね・・・。

線を引かないアメリカの案で結局紛争の火種に?

記事タイトルの英国のおかげか?というのは記事のこの部分についてだと思う。

■日本の竹島除外に再考の余地-と英国

 協議に際し、英国外務省が自国の代表団に与えた文書がある。「どの島嶼も主権についての紛争を残すことにならないよう、非常に慎重な原案作成が不可欠である」。そのような紛争は、ソ連や他のアジアの社会主義国家に利益をもたらすことになる、とあった。

 さらに、地図などを使わず簡潔な表現にとどめた米国草案では、済州島と竹島の主権をめぐる論争が起きる可能性があると指摘し、日本の主権範囲を線で囲む英国草案が最善だとした。

 一方、英国草案についても「これらの島嶼の処理が明確に述べられていないという批判にさらされるかもしれない」と問題点を認めた。英国草案では、日本領から外された竹島がどの国に帰属するか、明記されていなかったからだ。

 藤井氏は、英国側の文書について竹島を日本領から外すのには再考の余地があると英国が考えていた箇所もある。英国が、竹島を済州島や鬱陵島と明確に区別した点にも注目したい」と指摘する。「独島(竹島の韓国名)は鬱陵島の一部だから、日本は放棄したはずだ」とする、韓国内の主張を退けられるからだ。

■日本が放棄する領域を挙げる方法で合意

 こうして始まった米英協議。米国側は「日本の周りに線を巡らせると、日本を柵の中に追い込むように見える」と、領域を線で囲むとする英国方式の問題点を指摘した。英国はこれに同意する一方、日本と朝鮮との間にある島々の帰属を明確にするよう求めた。

 この結果、米英共同草案では、日本の領域を規定する条文がない米国草案で合意。一方で、朝鮮放棄を規定する条文では「朝鮮(済州島、巨文島及び欝陵島を含む)に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」と、朝鮮に属する島々の名がはっきりした。

 その後の交渉を経て、冒頭で紹介した条文となる。藤井氏は「日本に近接する島々の帰属を明確にして紛争の発生を防ぐという英国の方針は、対日講和条約において竹島が朝鮮に含まれないことを明らかにした」と評価する。

 一方で、「英国は、個々の島の帰属について、歴史的な観点ではなく、あくまでも紛争の回避という観点で考えたのだろう」とも指摘する。

紛争の火種になるような原案にならないことを考慮しつつ、当初の草案では英国は竹島を日本領から外していたそうだ。だがそれではどの国に竹島が属するのかが不明確なために日本に入れるよう再考する余地がある、という記述もあったというだけの話だ。

じゃあ、アメリカが強く進言してくれなかったら、竹島は法的に奪われてたかもしれないんですね・・・。

日本領を図示する英国案ではなく、朝鮮に属する領域のみを規定する米国案で最終的には進められた。その朝鮮の領域の中に竹島が入らなかったことで、竹島は日本に帰属すると考えることができると当時の米英は考えた。だがこれが裏目に出てしまったわけだ。

もしもイギリスが、竹島を日本領に含めた形で線を引いてくれたら、それ以上のトラブルは起きなかったんだと思います!日本を柵で囲ってほしいです!

心情的には壁を建ててほしいよなww だが米国の考えではそれは囲い込みだという話になった。そして英国が危惧したとおり竹島は紛争の火種になった。朝鮮領に竹島を含めないという形での日本の領有権認定を韓国が認めないのは明白だった。

韓国は、当時はどういう主張をしてたんですか?

日本が放棄する朝鮮の領域に竹島と波浪島を含めろというのが1951年7月19日の韓国の主張だ。ところが米英が同年9月8日に出した最終版にはこの2つの島は含まれなかったため韓国の主張は退けられたことになる。

「波浪島」というのは、どこにあるんですか?

所在不明の日本海近くにある小島とされるが未だに場所が判明していない謎の島だ。韓国語ではパラン島と読むらしい。米国は当然却下した。

どこにあるかも分からない島なのに、韓国は領有権を主張したんですか?

それが安全保障上重要な場所だからだろう。今中国が南シナ海でやってることを考えれば、領有権が国際的に認められることの重要性が分かるよな?

確かに!南シナ海の軍事基地って、最初は掘っ立て小屋だったんですよね?この程度なら大丈夫って言ってたらいつの間にか基地になってて、大変なことになってるんです!

韓国も同じことを日本海でやろうとしていた可能性がある。万が一竹島の日本領有権がこの時に放棄されてしまっていたならば、韓国は中国と同様にここに大規模な滑走路を建設したかもしれないね。日本侵攻の最前線として格好の場所だからだ。

えっ?じゃあ、今は基地を造ってないだけということですか?

そうだよ。

竹島の領有権が確定すれば軍事基地を建てられる?

連合軍が竹島の領有権は日本にあるって言ったから、慌てて李承晩ラインを引いて竹島を奪ったんですよね?

だがそれ以上のことはできない。国際的な所属は日本にあると考えるのがサンフランシスコ条約に基づけば自然なので、軍事基地を建てれば一線を越えることになる。だからせいぜい観測所や観光施設の類しか建設できないというわけだ。見方を変えれば、竹島はまだ完全には奪われていないということでもある。

アメリカとしても、そこにレーダー基地を置きたいんですよね?だったら、所属を確定させた方が日本にもメリットが大きいです!

そうなると今度は中国や北朝鮮にとっても脅威となる。何しろ人が住める環境ではないので、逆に軍事拠点にするのにこれほど最適な場所はないからだ。住人がいるので軍事基地をやめろ!と言わせるような工作も不可能だ。

韓国って、アメリカと仲良くしているのに、アメリカの軍事基地は建ててほしくないんですね・・・。

日本海での瀬取りが難しくなるからというのも理由の1つかもね。もしも韓国が竹島の領有権を放棄し正式に日本への帰属が確定すれば日米が共同で軍事施設を置くことになる。そうなれば米国の警備艦が立ち寄るような拠点もできるかもしれない。北朝鮮の瀬取りに対する取り締まりが今とは桁違いに厳しくなると思う。

竹島を絶対に譲らないと考えてるのは、単なる愛国心ではなかったってことですか?

あの辺りには莫大な石油が眠っているという噂もある。もしも領有権争いが終わり日米側への帰属が確定したならば、軍事施設と共に石油掘削施設なども建てられるかもしれないね。日本海に突然大規模な日米の軍事拠点ができるわけだ。韓国が黙ってるはずはないわな。そりゃ地図を色々と探してでも領有権を主張しようとするはずだね。

イギリスの案のように、線を引けばよかったような気もします。

英国案は歴史を清算する案、米国案は歴史を先送りする案とも取れるね。英国がもし竹島を朝鮮に含める線を引いていたなら今の日本の発展はなかったかもしれない。だが英国はそれとは別に韓国のサンフランシスコ条約への署名を単独で拒否しているのでむしろ功績の方が大きいというわけだ。

その方が大事ですよね!韓国が戦勝国として認められてしまったら、今の日本はもうなくなってると思います・・・。アメリカは、韓国が戦勝国でも構わなかったという立場ですよね?

日本もだよ。当時の日本政府は日本にいる朝鮮出身の人々を連合国民として扱わないことを約束するなら、韓国を戦勝国に加えてもいいとまで言っていたんだ。今とは比較にならないくらい弱気な政治だった。そりゃそうだ、自衛隊もいない時代だからな。英国がいなければ日本は滅びていたかもしれないね。感謝してもし切れないよ。

イギリスの皆さん、ボク達日本人は感謝しています!EUを離脱しても、日本は絶対にイギリスのことを支えます!勇気を出して、一歩を踏み出してほしいです!

そうだ。日本が国体消滅の危機にある時に英国は助けてくれたんだ。ならば英国が建国史上有数の危機に直面している時には日本は助けなくてはならない。それが実現できれば日本は真の国際社会への復帰を果たすことができ、再び日英同盟を結ぶことができるかもしれない。安倍首相の決断にすべてが懸かっていると言えよう。

英断ではなく、決断ですよね?

当たり前だろ!今後は”英断”という単語を使うメディアがあれば監視対象に入れてもいいくらいだね。それくらい英国の存在は日本にとって重要なんだ。