- 「趣味の多さ」と「優秀さ」は、性格や収入などの別要因に左右されるだけで、因果関係は証明されていません。
- 一点集中型や仕事・家庭優先型にも、データで裏付けられた強みがあり「趣味が少ない=ダメ」ではありません。
- 大事なのは「趣味の数」ではなく、「どれだけ自分に合った興味を大事にできているか」です。
目次
はじめに
「趣味が多い人はだいたい優秀」と言い切る発言は、一見もっともらしく聞こえますが、よく考えるとかなり乱暴な一般化です。しかも「おれは趣味が少ないからダメなんだ」と落ち込ませてしまう副作用まであります。この記事では、心理学や統計の基本的な考え方を踏まえながら、「多趣味=優秀」論を冷静に分解しつつ反論を5つに整理してお届けします。
第1の反論:「多趣味=優秀」じゃなくて【お金と時間のある人が多趣味になりやすい】だけ!?
まず押さえたいのは、「多趣味な人が優秀」というよりも、
- 収入に余裕がある
- 労働時間が比較的短い
- 生活のコントロール感が高い
こうした人ほど、複数の趣味にお金と時間を回しやすいという、かなり当たり前の構造です。
統計の世界ではよく「相関と因果は違う」と言われます。たとえば、
高収入の人 ⇒ 余暇が多い ⇒ 趣味にお金を使える ⇒ 結果として多趣味に見える
という流れがあると、「多趣味だから優秀」というより「もともと高収入で、仕事や環境の条件が良い人が多趣味になりやすい」と考える方が自然です。
さらに「8000人に奢った」という経験も、客層がかなり偏っている可能性が高いです。
- 都市部の飲み会・イベントに来られる
- 一定以上のお金と時間の余裕がある
- インフルエンサーに近づこうとするタイプ
こうした人たちは、そもそも平均的な日本人より「多趣味寄り」になりやすい集団です。その中で「多趣味な人は優秀だった」と言われても、「そういうコミュニティのそういう層だけの話では?」と疑った方が安全です。
「多趣味=優秀」ではなく、「恵まれた条件の人が多趣味になりやすい」という逆向きの説明の方が、ずっと現実的です。
第2の反論:心理学的には【好奇心の強さ】と【仕事の成果】は別物ですw
インフルエンサーさんの主張は、「あらゆる物事から面白さを見出す能力が高い=多趣味=優秀」という三段論法ですが、ここがかなり飛躍しています。
性格心理学では、ビッグファイブと呼ばれる有名な5因子モデルがあります。その中に「開放性(新しいことや抽象的なアイデアへの好奇心)」という項目がありますが、
開放性が高い人 ⇒ 多趣味・芸術・新しい経験を好みやすい
しかし仕事のパフォーマンスは、勤勉さ・まじめさ(誠実性)など別の要因の方が強く影響する
と言われています。
つまり、
- 好奇心が強い ⇒ 多趣味になりやすい
- まじめさ・継続力 ⇒ 仕事や学業の成果につながりやすい
というように、「優秀さ」に効いている性格と、「趣味の数」に効いている性格は、実は微妙に違うのです。
好奇心が強い人がダメという話では全くなくて、
- 多趣味で、でも飽きっぽくて仕事は中途半端
- 趣味は少ないけれど、1つの分野で着実に成果を出す
どちらも実際によく存在します。「多趣味=優秀」と言い切るのは、心理学の知見ともちょっと合っていません。
第3の反論:「一点集中型」の方が評価される現場もめちゃくちゃ多いです!
現実の仕事の現場では、
- 1つの専門分野に長くコミットしている
- マニアックなスキルをコツコツ積み上げている
こういう人が、最終的に大きな価値を生むケースが山ほどあります。
たとえば、
- 研究職・エンジニア・職人・医療職
- スポーツ選手やアーティストの世界トップ層
などでは、「多趣味でなんでもほどほど」な人より、「1つのことに極端なほどハマり続けた人」が高く評価されることが多いです。
しかも、これらの分野では、
- 毎日の地味な練習
- 反復作業
- エラーとの格闘
のような、「あんまり面白くない時間」をいかに乗り越えられるかが勝敗を分けます。ここで効いてくるのは、「何でも面白がる多趣味力」より、
- 粘り強さ
- 責任感
- 長期的な計画性
といった別の資質です。
つまり:
「趣味が多い=優秀」ではなく、「優秀さのタイプによって、趣味のスタイルは全然違う」のが現実です。
「おれ趣味少ないし…」と落ち込む必要はまったくなく、むしろ一点集中型の資質を持っているなら、かなり大きな武器にもなり得ます。
第4の反論:そもそも【趣味が多いかどうか】は“運と環境”にも左右されます
「多趣味になれないのは、あらゆる物事から面白さを見出す能力が低いからだ」というのも、かなり自己責任寄りな物言いです。
実際には、
- 子どもの頃にどれだけ色々な体験をさせてもらえたか
- 周りにその趣味をやっている友達がいたか
- 近くに教室・クラブ・施設があったか
- お金の余裕がどれくらいあったか
といった環境要因も、「趣味の数」に強く効きます。
たとえば、地方で車もない、近くに文化施設もない、家計もギリギリ…という状況では、「あらゆる物事から面白さを見出す能力」以前の問題として、そもそも選択肢が少ないです。
逆に、
- 都心で交通が便利
- 周りに色々な業界の人がいる
- 趣味への投資を自然にできる家庭環境
こうした条件がそろっている人は、何もしなくても勝手に「多趣味っぽい」見え方になります。
「多趣味になれない=能力が低い」ではなく、「環境によって選択肢の数が違うだけ」という視点を忘れてはいけません。
第5の反論:「趣味の数」より【自分が楽になれる・成長できる時間があるか】が重要です!
そして一番大事なポイントはここです。
人生に効いてくるのは、「趣味の数」ではなく、「どれだけ自分にとって意味のある時間を持てているか」です。
心理学の研究では、
- ストレスを下げるのは「頻度」より「質」
- 自己肯定感につながるのは「他人との比較」ではなく、「自分なりの成長実感」
といった傾向が報告されています。
これを趣味に当てはめると、
趣味が10個あっても、全部浅くて、「結局なんとなく疲れるだけ」ならあまり意味はない
趣味が1つだけでも、「これをやると心が落ち着く」「昨日より少し上手くなった」と感じられるなら、それは十分に人生を支える力になる
ということです。
さらに、趣味のように見える行為は、実は人によって全く違う意味を持ちます。
- ゲーム ⇒ ただの暇つぶしにも、プロ意識にもなる
- 読書 ⇒ 義務感でやると苦行、興味でやると最高の趣味
- 友達との飲み ⇒ 情報交換の場にも、ストレス源にもなり得る
「数」だけを見て「優秀/非優秀」を判断するのは、あまりに雑です。
結局、「自分の心と体にとってプラスかどうか」を軸に趣味を考える方が、科学的にも、メンタル的にもずっと健全です。
質疑応答コーナー
セイジ
「やっぱ、多趣味な人の方が飲み会とかで“優秀そう”に見えちゃうのは事実っすか??」
プロ先生
「“そう見えやすい”のは事実かもしれませんね。でもそれは、話のネタが多くて盛り上げ上手だったり、コミュ力が高く見えるからです。そこから『仕事でも優秀』『人間として上』とまで飛躍するのは、論理的には別問題です。見た目の華やかさと、本当の実力を一緒にしない方がいいです。」
セイジ
「じゃあ、自分みたいに『これって趣味って言えるほどじゃないけど…』みたいなのしかない人って、やっぱヤバいんすよね??」
プロ先生
「全然ヤバくないです。『ちょっとした楽しみ』がいくつかあるだけでも、立派な趣味予備軍ですし、それを無理に“趣味”と名乗る必要すらありません。大事なのは、“自分のペースで続けられているか”“終わったあと少し楽になれているか”です。ラベルはどうでもよくて、あなたの生活が楽になるかどうかの方がよほど重要ですよ。」
セイジ
「SNS見ると『多趣味アピールしてる人=勝ち組』みたいに感じてメンタル萎えるんすけど…距離の取り方とかあるんすか??」
プロ先生
「まず、『多趣味アピール=その人の全部』ではないと理解することですね。SNSは切り取られた“ハイライトシーン”だけが流れてきます。見ていて苦しくなるなら、ミュートやフォロー整理をしてもいいですし、自分の中で『これはこの人の名刺っぽい宣伝なんだ』とラベリングして眺めるのもおすすめです。あなたの生活を良くしてくれない情報は、遠慮なく距離を取っていいんですよ。」
まとめ:多趣味マウントに振り回されないために
- 「多趣味=優秀」は、データというより個人の経験とバイアスで語られがちな話であり、普遍的な真実ではありません。
- 優秀さには多様なタイプがあり、「一点集中型」「家庭・仕事優先型」など、趣味の数が少ないスタイルにも大きな価値があります。
- 自分を守るうえで大事なのは、趣味の数ではなく、「自分に合った興味や休息の時間を、他人と比べずに大事にできているか」です。



























